コラム

アスクワンのコンサルタント・コラム

Vol.13

コラムタイトル 「なぜ上司の言葉は若者に届かないのか?」

 コンサルタント 渡辺 伊津子

■ 上司世代の苦悩

研修をお引き受けする際には、あたりまえのことではありますが、事前にクライアントの企業様と打ち合わせを行います。どんな経営課題を抱えていらっしゃるのか、どこに研修のニーズがあるのかなどを明確にするためです。会社が抱えている経営課題のなかでも「ヒト」に関する問題は切実です。そのなかには若手社員に関する問題も含まれます。具体的には「若手社員が数年で辞めてしまう」、「仕事に対するやる気を高めるためにはどうすればよいのか」といった内容も少なからずあります。

そんなとき私がしばしばお伝えさせていただく事柄があります。それは、たとえば40代や50代のいわゆる上司世代の皆さんが持っている「人間像」をひとまず脇に置いてくださいということです。人は自分の固定観念や決めつけで目の前の人間をみていることがあります。まずそのことに気づいていただきたいからです。

現在の人間像を捨てるといっても、自分がどんな人間像を持っているかを明確に意識している人はあまりいないと思います。人は自分と同じ価値観や職業観を他人も持っていると思いがちです。この場合、上司世代は自分が過去に言われて奮起した叱咤激励の言葉をそのまま部下にぶつけがちです。たとえば出世を原動力としてきた上司は、部下に「歯を食いしばってやってみろ!必ず出世できるぞ」と言うわけです。そして他者と比べて良い成果を達成した部下、すなわち「競争に勝った人間」を承認します。しかし、自分勝手に決めつけた人間像に依拠している場合、部下世代が本質的に求めていることが見えなくなっていることもあるため、せっかくの叱咤激励の言葉は空振りに終わってしまうことにもなりかねません。

■ 新たな「人間像」の探索

では部下世代は何を求めているでしょうか。わたし自身は、彼らのなかに自らの「存在そのもの」を認めてほしいという「存在欲求」の強さを感じることがあります。若い人のなかには、自分が所属する組織の特徴や参加メンバーに合わせて、自分の出し方を柔軟に変える人、いいかえれば自分の「キャラ出し」を巧みに行っている人をみかけることがあります。たとえば、ここではリーダー役をやるけど、あそこではムードメーカー的な役割を演じている、などです。わたしにはこうしたキャラ出しが「わたしはここにいるよ!」という声に感じられます。その場の雰囲気や人間関係について慎重に様子見し、特定の役割を演じることでその組織やチームに懸命になじもうとしているように映ります。

それほどまでに部下世代は「自分がその職場に受け入れられている」、「自分を認めてもらっている」という感覚を得たいと願っている、いいかえれば自分の「居場所」を求める気持ちが強いのではないでしょうか。彼らは、他のメンバーとの競争に勝つことで認められるよりも、自分という存在や長所を承認してもらいたいのです。こうした背景には、現在の厳しい経営環境のもと成果が厳しく問われるという現実があります。失敗から学ぶための十分な時間や、成功までの猶予期間を充分に与えられていない状況のなかで、彼らは何事も慎重に選択したい、失敗したくないと身構えています。

もし彼らに今後大きく羽ばたいてほしいと望むのならば、マネジメントする側は焦らずに新たな「人間像」を探求するための試行錯誤に取り組むこと、それが一見遠回りに見えるけれど近道となるような気がしてなりません。

body>