コラム

アスクワンのコンサルタント・コラム

Vol.14

コラムタイトル 「矛盾する感情のマネジメント」

 コンサルタント 渡辺 伊津子

■ ペットロスの悲しみ

最近、わたしの友人のSさんは、長年共に暮らしてきたペットのハナちゃんを老衰で亡くしました。Sさんの家に遊びに行くたび、尻尾を振って出迎えてくれたプードルのハナちゃんは、わたしにとっても、とても可愛いお友達でした。ときどきペット用のお菓子をおみやげに持っていくと、愛想の良い顔で元気よく食べてくれました。わたしにとってもハナちゃんの死はとても悲しい出来事といえます。

しかし、Sさんの悲しみは、わたしの比ではありませんでした。すっかり落ち込んだSさんをなんとか元気づけようと、つい先日夕食に誘った時も、顔はやつれ、食事ものどを通らない様子でした。携帯に何百枚と撮ってあるハナちゃんの写真をみながら、目にうっすら涙をためていました。家族の世話や自分のことも手につかず、みんなに迷惑をかけている自分を責めているのがわかりました。

その様子をみるにみかねて、わたしはSさんに次のように言いました。「ハナちゃんは、あなたのもとでとても幸せだったから、天国で見守ってくれているよ。気持ちを切り替えて、元気出さなきゃ」と。するとSさんは、自分の周りの人はみんな同じように、「いつまでも悲しんでないで、気持ちを切り替えたら?」とアドバイスをしてくれるが、それがとても辛いと語った。執着しすぎと言われたこともあるが、それでも悲しまずにはいられないという。Sさんは、動けない自分に対してもそうだが、元気を出すようにと言う周囲に対しても少なからず怒りを感じている様子だった。Sさんは悲しい感情と切り替えなければ思う気持ちの間で苦しんでいたといえるかもしれません。

ところが、一週間後、Sさんは見違えるほど元気になっていました。理由を尋ねると、同じようにペットロスを経験した人から聞いた話がきっかけだったという。その友達は、Sさんに次のようなことを話したらしい。「Sさんは、気持ちを切り替えなければということはわかっているし、そうしたいと思っているのよね。でも同時に、どうしても悲しい気持ちも止められない。わたしもそうだったから、よくわかるわ」と。そのとき、Sさんは、「そうか、どっちの気持ちも両方あっていいんだ。これは仕方のないことなんだ」と思ったそうです。それからは、悲しい気持ちを否定するのではなく、その気持ちを大切にしながら、そのうえでできるだけ家事や家族の世話をしていこうと決めたそうです。すると、不思議なことに、「ハナを亡くした悲しみ」が、いつの間にか「ハナがくれた大切な時間」と思えるようになったと語ってくれた。わたしは、Sさんの話を聞いて、矛盾するような感情は人間なら誰でも持つことがあるし、それを受け入れたとき、出来事(この場合はハナの死)の意味も変わるものなのかもしれないと感じたのです。

■ 矛盾する感情を包含する

人は同時に矛盾する感情を持つことがあります。やりたいけどやりたくない、うれしいような悲しいような、などなど数え上げればきりがないくらいです。春になると、会社では入社式が行われます。そんなとき、人は晴れ晴れとした嬉しい気持ちと、この先うまくいくだろうかという不安な気持ちの両方を感じるのではないでしょうか。また、入社後初めて任された仕事を行うときなどは、やはりワクワクする気持ちとミスしたらどうしようという心配を同時に感じるものです。

仕事や人間関係において、こんな矛盾する感情を持つことは特別なことではありません。そんなとき人間は、ポジティブでなければならないと思い、ネガティブな感情や後ろ向きな気持ちを自分の中で抑えこもうとすることがありますし、また周囲の人々も落ち込んでいる人に対して気持ちを切り替えるようにアドバイスしますよね。ですが、Sさんの例でもわかるように、どちらの気持ちも本当であり、それを受け入れてみることも必要なのでしょう。両方の感情をしっかり認めてあげるということです。どちらの感情もOKで、「あって当然」と思う。すると、なんだか安心感が得られ、気持ちにも余裕が出てくるかもしれません。矛盾する感情は、無理にどちらかを捨てようとせず、どちらも大切に抱え、そのうえで「自分には何ができるのか」、「自分の力をどう発揮したらよいのか」を考える。そうすると、いつのまにか出来事の意味づけが変わり、事態が好転し始める。みなさんも矛盾する感情を受け入れることから始めてみませんか?

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