コラム

アスクワンのコンサルタント・コラム

Vol.6

コラムタイトル「勇気をもって値上げしよう!」

 コンサルタント 浅井 智志

■利益を出せない中小企業

先日、事務所でよく利用させて頂いていたお弁当屋さんから、来週いっぱいで廃業するとの通知がありました。安くて美味しいお弁当は、事務所メンバーから好評で、5年近く利用していたため、皆残念がっておりました。

いったいなぜ廃業してしまったのでしょうか。

配達の方に聞いてみましたが、理由は知らないとのことでした。一般的に、中小企業の廃業事由は、経営者の高齢化や跡継ぎ不在・経常的な赤字構造・得意先の倒産等に起因する資金繰りの悪化など、様々です。しかし、今回のケースは経常的な赤字が原因ではないかと思われます。1個あたりの価格が安過ぎ、製造・販売のコストを賄うことができなかったため、利益が出なかったのではないでしょうか。勿論、全て私の推測にすぎませんが、その後新たなお弁当屋さんを探すため、いくつかのお弁当屋さんをあたり、味や価格を比較した結果、あのお店はお弁当1個の価格があまりにも安かったのでは、という結論に至りました。

■市場シェア重視の戦略の問題点

会社にとっての「利益」を分解すると、「利益=①価格×②数量-③コスト」となります。利益を上昇させるには、①価格および②数量を増加させるか、③コストを減少させるかの選択しかありません。営業強化によって新規開拓ができれば、②数量を増加させることが可能となりますが、これは一朝一夕にできることではありません。③コストをカットすることは、自社の努力のみによってある程度コントロールできますが、経常的な赤字体質の中小企業は、既に実施済みのことが多く、中には役員報酬もほとんど取らずに経営している企業すらあります。そうすると、①価格に切り込むしかありません。すなわち、値上げということになりますが、これも皆さんご存知の通り「言うは易く行うは難し」です。値上げをすれば、既存の顧客が離れ②数量が減少してしまい、市場シェアを失うということになりかねません。とりわけ、取引先をゼロから開拓してきた創業者兼経営者にとっては、なおさら既存顧客の離反に対する恐怖が強いのかもしれません。結果として、利益が出なくても②数量を確保できればよしとしてしまう傾向が、しばしば見受けられます。このような利益よりも市場シェアを重視する傾向は、私自身が日本の中小企業の経営者と話をさせて頂く中でも感じていることのひとつです。プライシング(価格設定)に関する研究の第一人者であるドイツの経済学者のハーマン・サイモン氏も、その著書『価格の掟』の中で、こう述べています。『私は日本の経営幹部たちとプライシングと収益性の改善を話し合い、「しかし、それでは市場シェアを失ってしまいます」という発言で終了となってしまう経験を数えきれないほど重ねてきた』と。彼は続けて、その要因を日本の地形上の制約、すなわち島国であることに起因するのではないか、と考察しています。顧客を失ったときに新たな顧客を求めて他の場所に行くことが事実上不可能であったことが、日本における市場シェア信仰の源だということなのでしょう。

■価格戦略を考え直してみよう

単純な値上げであっても、全ての顧客が離れていくわけではありません。

先のお弁当の例では、私が事務所メンバーにアンケートした結果、40円の値上げなら受容できるという人もいれば、100円弱までの値上げなら受容できるという人もいました。これは、顧客によって支払意欲が違うことを表しており、仮に顧客別に単価を上手に設定できれば、価格設定の差異化による追加利益が見込めるということに他なりません。

また、単純な値上げではなく、価値による価格の差別化も選択肢の一つです。先のお弁当の例では、ご飯の量に中と大とがあり、いずれも同じ値段でしたが、これを大のみ値上げするという選択肢があります。あるいは、大口の購入者に対する割引価格の適用などは多くの企業が取り入れていると思われますが、この大口割引も2パターンに分けることができます。再びお弁当の例によると、1日10個以上購入する場合400円を390円にするという割引と、1日10個以上購入する場合11個目から400円を360円にするという割引の2パターンです。前者がフルボリューム式・後者がインクリメンタル式と呼ばれています。詳しい説明は割愛しますが、このどちらをとるかによって自社の利益が大きく変わることがわかっています。

このように、一般に価格戦略の見直しといっても、各企業が取りうる選択肢は様々です。利益を確保し、安定的に経営を継続する為に、自社の現状の価格戦略を考え直してみるのはいかがでしょうか。

引用文献

  • ハーマン・サイモン著/上田隆穂監訳/渡部典子訳(2016)『価格の掟』中央経済社
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