コラム

アスクワンのコンサルタント・コラム

Vol.7

コラムタイトル「優れた経営者はあえて決定しない??」

 コンサルタント 渡辺 伊津子

■厳しい経営環境を生き抜くためのヒント

厳しい経営環境を背景に経営戦略の果たすべき役割がますます高まっています。経営戦略の役割は、企業の進むべき方向性を示し、従業員の力を結集することにあります。この戦略的決定に責任を持つのが経営者です。

ではここで、多くの意に反して、優れた経営者はあえて戦略的決定を行わないものだ、と主張したらどうでしょうか?おそらく、ほとんどの人が「それはどういう意味?」と首をかしげるのではないかと思います。ところが、この主張には、厳しい経営環境を生き抜くためのヒントが隠されています。以下ではその謎をひも解いてみたいと思います。

■なぜ決定しないのか?

われわれが何か事を成し遂げようとするときに用いる考え方にマネジメント・サイクル(PDSサイクルやPDCAサイクル)というものがあります。よく知られていますよね。このサイクルで最初に出てくる計画(PLAN)とは「将来を予測して組織目標や計画を立案すること」を意味しています。戦略実行の管理のためのフレームワークとしてこのサイクルをとらえた場合、計画(PLAN)は戦略的決定を行うことや経営戦略を策定することにあたります。

マネジメント・サイクルという考え方は、非常にスッキリしており、現在でも高く評価されています。しかしその一方で、このような合理的な考え方に対する批判が全くないわけではありません。たとえば経営者はいつもデスクで思索に耽っているわけではなく、その現実は行動志向が強く、どちらかといえば行動しながら考えているのだという指摘もあります。

経営者の日常や現実を捉え直し、そこに「より現実的」な合理性を読み取ろうとする動きは、アメリカでは1970年代ごろから多くみられるようになりました。このコラムで取り上げているのは、こうした研究の発端となった論文、「優れた経営者はあえて決定しない」です。日本でも何度も翻訳されて、現在でも学会のみならず実業界からも高い評価を受けています。著者は、研究者であり大学で教鞭をとるかたわら、多くの企業のコンサルティングとして活躍したエドワード・ラップという人物です。

「優れた経営者はあえて決定しない」の意味するところは、優れた経営者は「明確な」目標ではなく、あえて「漠然とした」目標を示すということです。これは決して経営者が組織目標や計画を持っていないと言っているのではありません。そうではなくて、それらをあえて明確に表明したり、明文化したりしないということです。

ではなぜあえて漠然とした目標を示すのでしょうか。その答えは知ってしまえば、意外に単純です。その理由は、具体的で明確な目標を掲げても、時間の経過とともに、また環境の変化とともに、その妥当性が薄れていくからです。

ラップによれば、経営環境はめまぐるしく変化し、それに応じて経営戦略を変更しなければなりません。そのとき、掲げた目標が明確で具体的であればあるほど、経営ニーズや情勢が変化したとき、社内を説得して別の目標に向かわせるのが難しくなります。 市場のニーズ、ライバル社の動向、そして社内に潜む落とし穴など数限りない脅威が存在し、それが変化する可能性を考えた時、具体的な目標に肩入れしすぎることは、後で目標の見直しが効かなくなるという理由からなのです。これは表1の(1)に書かれています。

参考までに付け加えておきますが、どうしても明確な目標が必要になる場合には、たとえば「当社は業界ナンバーワンを目指す」というようなスローガンのような形にしておくか、経営理念やビジョンなどの上位概念を用いることが良いと述べています。近年、多くの企業で経営理念やビジョンの重要性が再認識されていますが、ラップの主張はこうした動きと軌を一にしています。

次に表1の(2)から(4)をみてみると、ラップの考える優れた経営者のスキルがさらに浮かび上がってきます。優れた経営者は、一部の目標におおっぴらに肩入れすることなく、あえてあいまいな方針を部分的に示して社内を納得させる術を心得ているということです。改革には社内の抵抗がつきものです。こうした問題を克服しなければ、いかなる目標や戦略も絵に描いた餅になってしまいます。したがって、何事も現場の人々に受け入れてもらい、自ら進んで動いてもらうようにすることが重要であるというわけです。

コンサルタントとしての経験に裏打ちされた、ラップによる「現場重視」というメッセージは、厳しい時代を生き抜こうと躍起になりがちな経営者に思いがけないヒントを与えてくれています。どうやら「何をするか」と同様、「あえて何をしないか」ということも戦略的に考えてみる必要がありそうです。

表1 優れた経営者があえて決定しない理由

(1)環境の変化に応じた目標の見直しが困難になる。

(2)変化に対処するために、部下が自らの行動を決定する裁量の余地がなくなる。

(3)部下を依存的にし、変化に対処するためのアイデアの創出が抑制される。

(4)目標についての解釈の違いから対立が生じる。

参考文献

  • ・Wrapp,H.E.(1967) “Good Managers Don’t Make Policy Decisions,”
  • Harvard Business Review, vol.45,no.5, pp.91-99.
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